2018年5月4日金曜日

失われた楽園 カナディアンワールド

俺が勝手に決める北海道3大テーマパークの一つ、芦別カナディアンワールドに行ってきた。
ちなみに他の2つは、グリュック王国と天華園。今はどちらも廃墟の聖地か。
しかし、このカナディアンワールド、廃墟ではない。運営が芦別市に譲渡され、無料で開放されている。
という事で、約25年ぶりにここにやってきた。
昔の記憶を思い出しながら、探索したいと思う。

まずは、入り口のゲートがお出迎え。

入り口ゲート

その下には錆びれたPの看板
錆びれた「P」の看板。
覚えてないけど、おそらく25年前からそのままだろう。

・・・と思ってたら、こちらが正規出入り口だった。
ようこそカナディアンワールドへ
入場無料
こっちはなんか覚えているような気がする。
なんせ25年前に1度だけしか来てない薄い記憶をたどっている。

少しわくわくしながら入場。

25年ぶりの景色

こんなだったような、そうじゃなかったような、もう覚えてない。
左手に広い駐車場があって、そこに車を止めたのは覚えてる。
駐車場は17mm広角でも入り切らないほど広い

これだけのテーマパークのくせに舗装されていないとか、今じゃ考えられない。
当時は車でびっしりだったが、今は1台もいない(笑)。なので、入り口脇の舗装に堂々と車を止めていざ、入園。
いざ25年ぶりのカナディアンワールドへ

雰囲気がちょっと違うと感じたのは、当時は左右に何本かあるポールに旗が掲げられていて、それが賑やかに見えたからだと思う。
手前右には、「BELL TRAIN」と書かれた蒸気機関で走る車が。
25年以上雨ざらしだったのだろう、ボロボロだ。
BELL TRAIN

赤毛のアンとカナディアンワールドのロゴ

もう25年以上ずっとここに居たんだろう

入り口最初の木製階段。

朽ち果て具合が雰囲気を醸し出している

案内板。
当時のものに修正を施して使用中


そして、懐かしのケンジントン駅。
ケンジントン駅

ここをくぐって、25年前にタイムスリップ。冒険の始まりだ。
いざ、25年前のあの時へ

ケンジントン駅をくぐると、カナディアンワールド公園の全景を見渡す事ができる。
真正面にセント・ジョン時計台。奥にはカナダの町並みを模したメルヘンチックな建物が並ぶ広場が見える。
以前は真夏で天気も良かったが、今は曇りなので、ちょっと雰囲気が違って見える。
セント・ジョン時計台

奥にはメルヘンチックな建物が並ぶ広場

ちなみに、駅と言っても実際に列車が通っている訳ではない。
園内にはミニ鉄道が敷設されて列車が走っているが、これとは別にちゃんと乗車ができる「ファーマーズ駅」がある。
なぜに入り口を列車が通っていない別の駅にしたのかは、謎である。
薄い記憶の中でもこのズッコケ具合はっきりと覚えている。

気を取り直し、少し歩って時計台に。
時計は10時半のまま止まっている

由来の説明

中に入ると階段が。
上まで登れるらしい。

中の階段

4階建て構造になっている。
意外と高い。
最上階まで登って、景色を写す。
頂上から見た景色

さて、一旦もどって車で移動する。
再びケンジントン駅をくぐって、現在に戻る。
ここはさしずめ、過去と現在を結ぶゲートだ

現役当時は、車で園内には入れなかったが、市の公園になってから、外周を車で移動できるようになった。

さて、下の写真だが、車は写っている建物の後ろに停めている。
当時を再現するため、あたかもケンジントン駅から歩いてきたように紹介する。
ここは右方向がセント・ジョン時計台とケンジントン駅、左方向がメルヘンチックな広場方向だ。この建物は丁度公園の中腹に位置している。
ちなみに、写真右側の白い柵の内側は花壇になっており、当時はラベンダー畑だったと記憶している。違ったかな。

建物向かって右がラベンダー畑?

建物正面の小さい広場


ちなみにこの建物、パルフェといって、骨董品の販売をしているらしい。
今も営業しているかはわからない。この時は建物の鍵は閉まっていた。

この天井の窓から顔を出したような・・・違うかな

入り口の看板

再び車に乗り、坂を下ってこの公園のメインステージ、メルヘンチックな広場に移動。
建物裏から車で入って、駐車場に止めた。
当時園内にはこのあたり一体から森の中へと入っていくミニ鉄道が走っていた。
線路ままだ残っているが、列車は走っていない。

踏切と鉄橋

もう列車は走っていない

さて、メルヘンな建物が並ぶカナディアンワールドの中心街にやって来た。

メルヘンな建物群

メルヘンな街灯

そして池

少し進んだところ

中心の広場

何かある

ギヤが見える

くるくる回っていたのか

制御装置?

灰皿郡。当時は喫煙規制などほとんど無かった。

しかしこの街灯

全部右に傾いてる?

この街灯 、よく見ると全部池側に傾いている。
もしかして池側に地盤が傾いてきてる?

メルヘンな建物郡を過ぎると池を渡って対岸に行ける。
その途中で、ミニ鉄道の客車を見つけた。
当時は、蒸気機関車を模した小さくてかわいい先頭車両が、この客車を引っ張っていた。
列車の客車だけがあった

もう客を乗せて走る事はないだろう

向かい側に歩いていくと、そこは芝生の広場になっている。
当時、ベンチはあるものの人が多すぎて座る事ができず、この芝生にみんなで座って休んだ記憶がある。
この芝生もたくさんの人で賑わっていた

今はここに自分一人しかいない

後ろには「ファーマーズ駅」がある。
ここで ミニ列車のきっぷを買うのだ。

ファーマーズ駅

きっぷ売り場

そのまま池をぐるっと回って、車を停めた駐車場に戻る。
ここから坂を中腹まで登れば、この公園の目玉、「アンの家」がある。

アンの家への案内板

見えてきた

これが名物「アンの家」

まだ雪が残っていた

この家は「グリーンゲイブルズ」という

ここはちゃんと管理されていて、中にも入れる。
当時は、係の人がいて、アンの衣装を着て写真を撮ったりできた。これが結構人気で、並んで待っている人もいた。

中に入ると、建物の中で何やら音楽が聞こえてくる。誰か管理の人がいるのかなと、探してみたが、誰もいない。
誰もいないアンの家。音楽だけが聞こえてくる。このシチュエーションが妙に寂しさを醸し出している。

キッチン

マシューの部屋

ダイニングルーム

客間

管理は行き届いていて、ほこりなど無くとても綺麗

2階にも行けるらしい。
ほんとに誰もいないのかな、と思えるほど中は綺麗に管理されている。
2階への階段

当時、このアンの家は一番の目玉で人がぎゅうぎゅうだった。
今でも、実は2階に見に来てる人が居るんじゃないかと思えてしまうが、誰も居ない。
アンの部屋

机わまりの雰囲気写真

裁縫室

裁縫室の雰囲気写真

マリラの部屋

雰囲気写真

客間

アンの家からほんのすこし少し離れて 、アンの友人、ダイアナの家がある。

ダイアナと家の説明

家には入れない

平成6年

続いて、リンド夫人の家。

リンド婦人の家

リンド夫人と家の説明

「リンド婦人の家」の日本語が強め

隣には郵便局

郵便局の説明

その前には、かわいいアンのマンホールが

アンの家以外は入る事はできなかった。
再びメルヘン広場に戻り、レンズを変えて、ちょっとアーティスティックに撮ってみた。

PRセンター

手芸品・小物木工品等の販売「スィービー」

軽食「ミック・マック」

家の窓に何かある

案内版を見ると土日祝日の16:00までは営業しているらしいが、PRセンター以外は開いている雰囲気は無かった。ちなみに今日は祝日である。
ちなみにPRセンターも中には入れるが、係の人が居る訳ではない。

再び車に乗って反対側の外周を駆け上り(結構な急勾配がある)ケンジントン駅まで戻ってきた。
ちなみに、この公園の最下部には花の販売をしていたピラミッド型の温室「サン・ハウス」や、ライブハウス「カーリー・トレイン」があるが、荒れ放題で写真を撮る気も無くなった。廃墟好きはたまらないと思うのでぜひとも見ていって下さい。

さて、当時と同じく、ケンジントン駅から駐車場に続くこの階段を登って帰るか。
あそこがどーだったこーだった喋りながら登ったっけ、この階段

当時もここを後にした時、もう一度来ようをは思わなかった。メルヘンな建物がある広場は良かったが、いかんせん、歩いて廻るには広すぎる。
しかも、けっこうな勾配があって、特に女の子はスニーカーじゃないと大変。
デートスポットとしては完全に不向き。
メルヘン広場や、アンの家などはステキな作りだっただけに残念。

入園無料で開放、しかも車で周回できる事を知って、もう何年も前から来てみようと思っていた。
もっと廃墟っぽくて、当時とのギャップで懐かしくも寂しい気分になるかと思っていた。
だけど、実際には、アンの家なんかは、不自然なくらい整理・整頓されていて、電気もついているし音楽も流れている、管理もされているのに人の気配が無い、これがすごく違和感があった。
廃墟のようで廃墟じゃない、不思議な空間だった。
でも、やっぱりもう一度来ようとは思わなかった。

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